私のこと【経歴】

数あるブログの中から、見つけていただきありがとうございます。

せっかくご覧いただけたのもご縁かと思いますので、私の経歴について、ご紹介させてください。
もし、編集者やライターを目指している方がいましたら、参考になれば幸いです。
(興味ない方はスルーしてくださいね)
高校時代の進路選択で、「東京の大学に行きたい!」というミーハーな思いをきっかけに、真面目に入学案内を取り寄せて検討した結果、面白そうと感じたのが社会学でした。
大学時代は、カフェブームに被れ、hanakoのような雑誌を作りたいと編集者志望に。
しかし時代は、超就職氷河期。
新卒募集のない出版社も多く、軽く50社以上は落ち続け、なんと卒業式の日にもまだ就職先が決まっていない状態でした。
(いま考えると、どうするつもりだったんだろう…と思います)
卒業式の追いコンのあと、自宅で寝ていたところにかかってきた一本の電話。
それこそが、飲食を専門とする出版社からの採用通知でした(新卒採用ではない)
そんなドラマチックな展開で、バタバタと住むところを決め、晴れて4月1日には夢の編集者デビュー。
和食の部署に配属になり、最初の取材は築地の包丁やさん。すぐに赤坂の料亭でも取材が始まり、毎日が楽しくて仕方ありませんでした。
その後、カフェ雑誌への異動を夢見るも、飲食全般を扱う部署に配属。
隣の島を羨ましく眺めつつ、焼肉、蕎麦うどん、洋食、ラーメン、中華、あらゆるジャンルの取材執筆を担当させてもらい、いまの私のベースができました。
自分が好きなこと(カフェ)は自ら学ぶし、自然と知識もついてくるけど、逆に興味のないこと(焼肉、ラーメンなど)は、それを必要とする状況にならない限りは、自ら進んで学ぶのは難しいものです。
そういう意味で、編集部の四年間であらゆる飲食店を担当できたことは、本当に幸運だったと思います。
もともと超安定志向な性格で、石橋を叩こうともしないような生き方をしてきたので、まさかフリーになるとは、親も自分も全く想定外のことでした。
実は、昔からどうしても行きたい出版社がありまして、3回応募してついに最終面接まで行くも、あえなく落選。
見かねた編集長の一人が、「ライターとして書いてみませんか」と仰ってくださったのが、フリーライターとしての始まりでした。
(この方なしに、いまの私はありえません。現在も大変お世話になっております)
とは言え、このときはまだ「憧れの雑誌で書けること」を実現したかっただけで、いずれは会社員に戻るつもりでいました。
一度は専門誌以外の世界も見てみたいと考え、出版系の派遣に登録し、レシピ本やカタログなども経験しましたが、一言で言えば「物足りない」。
編集者の仕事は、企画、リサーチ、取材、執筆、レイアウト作成、入稿、校正…とたくさんのプロセスがありますが、自分が最もやりたいことは、料理人や経営者にお会いして、お話を聞いて、記事にすること。
そして、それを情報誌のような見せ方ではなく、より深く専門的に追及していきたい、と気付いたのです。
フードライターは、まさにその部分だけを切り取った仕事。
(言い換えれば、「編集」の作業が苦手なのだと痛感したということです…)
幸運にも色々な媒体からお声がけいただき、独立2年目には、フリーでやっていく覚悟が決まっていたと思います。
私の場合は、最初に入った出版社が飲食専門だったこともあり、自然とそれに特化したライターになりました。
(最初の頃は、飲食に関係ない仕事も少し検討したのですが、知識のないものを一から手掛けることはあまりに非効率だと感じ、得意分野を専門にすることにしました。
(それでも、食の分野は本当に深く、まだまだ勉強不足だと痛感させられることばかりです)
ずっと一人でやっているので、時にはお仕事をお断りすることもあり…
また、時々チームの一員として大きなお仕事に関わらせていただくと、仲間と作り上げることの感動や、社会への影響力に大きな魅力を感じ、法人化したりしてもっと大きな仕事ができる体制にするべきか、と考えなくはないですが…
今のところは、子どもも小さく、動ける時間も限られるので、一人でやるのが合っているかな、と思っています。
と、ここまで順風満帆に見えますが、駆け出しのライター時代は、「とにかく実際に食べて経験値を積まなくては」、「シェフに怒られないように、最低限の知識はつけなくては」と、あらゆる情報誌や専門誌を読み漁り、トレンドと専門知識の両方を蓄えることに専念していました。
さらに、話題のレストランに無理して足を運ぶことも多く、収入のほとんどは外食費に消えていました。
(ゆえに、駆け出しの頃住んでいたマンションは、激狭ワンルームで友人を呼ぶこともできず…
洗濯はコインランドリーでした。いまとなっては、懐かしい思い出です)
一流企業に就職した友達と、なんとなく距離ができたり、ということもありました。
でも、一度も自分が惨めになることなく、この仕事を続けてこられたのは、「好きなことをやれている」、その一心だったと思います。
そして、そのために自分が努力をしてきたという自負が、ほんの少しはあったから。
(今になってようやく「あ、あの頃の私、頑張ってたな」と思えるようになりました。でも、それがきっと、今後の人生を支えてくれると信じています)
だから、もしやりたいことがあって、迷っている人がいたら、迷わず一度はチャレンジしてほしい。
とくに20代なんて、何度でもやり直しはききますし、失うものだって少ない。
夢中になれるものを人生で見つけられるって、本当に奇跡だし、幸せだなって思います。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!
次回は、私自身の性格について、少しお話させてください。

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